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切なる祈りをユーモアに託して真剣勝負
毎年10月の第4日曜日。静岡と長野の県境をかけて、紅葉の兵越峠で「峠の国盗り綱引き合戦」が行われます。信州軍は飯田市南信濃、遠州軍は静岡県浜松市水窪町から、両市の商工会青年部の精鋭が対戦し、勝った方が1メートル県境を相手方に移動できます。ユニークな村おこし行事として、全国的にも有名になったお祭りです。
日程/毎年10月の第4日曜日 ■場所/兵越峠(ヒョー越峠)
国盗り合戦史
毎年10月、長野県と静岡県の県境兵越峠では、信州軍と遠州軍が「国境」をかけて綱引きで対決する「峠の国盗り綱引き合戦」が行なわれます。
長野県は飯田市南信濃、静岡県は浜松市水窪町の両商工会の青年部から精鋭が選出され、3本勝負を行なって勝った方が1メートル、相手側に「国境」を広げることができるのです。
この戦史をひもとけば、はじまりは昭和62年。それまで双方の商工会青年部は野球などで交流を深めていましたが、水窪町が招いた地域文化研究家の加藤伸幸さんの提案で綱引きをすることになりました。
ただ綱引きをするのではなく「国境」をかけて勝負するというアイデアが、その後21年にも及ぶ息の長いイベントにつながったのです。
初めは両青年部が和気あいあいと行なっていた綱引きですが、第4回の頃からテレビなどで取り上げられて話題となり、兵越峠に「綱引き広場」が作られたほか両町村の首長による口上合戦が繰り広げられるなど、ユニークなイベントとして現在のスタイルが定着しました。
平成13年には田中長野県知事も参加し話題となりました。
当初は藤蔓を編んで作った綱を用いていましたが、切れやすいために現在では綱引き用の綱に変え、細かいルールも定められた本格的なものになっています。
その一方、可愛らしい地元子供たちによる綱引きや、一般客による交流試合なども行われ、誰もが楽しめるイベントとなっています。
太平洋を盗るか諏訪湖を盗られるか
回を重ねるにつれて、合戦に臨むメンバーの練習にも力が入るようになりました。
信州軍はブルドーザーを相手に練習して話題を呼んだことがあるほか、遠州軍も綱引き連盟の理事長さんのコーチを受けて綱引きの全国大会に出場するなどして戦力を培ってきました。
平成23年10月に行なわれた第25回大会では、2勝1引き分けで信州軍の勝ち。第1回からの対戦成績は信州軍の13勝12敗で、国境は現在の県境より1m静岡県側にあります。
綱引きで争われる「国境」は残念ながら本当の行政境ではありませんが、海のない信州軍は「太平洋を信州に」が合言葉です。
兵越峠から遠州灘までの直線距離で計算すると、信州軍が連勝を続ければ、6万5千年後に太平洋が信州にやってくることになります。
少なくとも、9万連敗して遠州軍に諏訪湖を盗られてしまう事態だけは避けてもらいたいというのが、信州人のいつわらざる願いでしょう。
綱に込められた祈りとは
飯田市南信濃と水窪町による国盗り綱引き合戦は、綱引きを地域おこしに取り入れたケースとして全国に先駆けた画期的なイベントでした。しかし人間の長い歴史で見れば、綱引きは古い歴史を持っています。
古代のエジプトやギリシアでも綱引き競技が行われていましたし、近代オリンピックでも第2回大会から第7回大会まで正式競技となっていました。
日本でも東北・九州・沖縄地方などで伝統行事としての綱引きが行われています。
日本各地の伝統的な綱引きの特徴は、単なる遊びや競技ではなく、綱に象徴性を持たせ、吉凶を占ったり豊作を祈願したりする点にあります。(詳しくは→ 「Tug of War sport」綱引競技の概要より )
国盗り綱引き合戦が行われる兵越峠は、秋葉街道の遠州と信州の境にあります。秋葉街道は、戦国時代に武田信玄が天下盗りを夢見て進軍した道です。
この街道沿いに栄えた信州の遠山氏と遠州の奥山氏は、国境を挟んで互いに同盟と敵対を繰り返すライバルでもありました。
現在の秋葉街道は国道152号と名を変え、両町村ではそれに沿って走る三遠南信自動車道の実現に期待を寄せています。
飯田市南信濃と浜松市水窪町が峠で引き合う綱は、心が通う絆の象徴です。そして信州と遠州を貫く秋葉街道も、まさしく両県をつなぐ太い「綱」。その「綱」が細かったり切れたりしていれば、交流もままなりません。
国道152号の青崩峠は未だに自動車が通れず、その他の区間も豪雨などですぐに寸断されるのが現状です。まさに、すぐに切れる藤蔓も同然なのです。
綱引き合戦が毎年、交通の不便な国境の峠で行なわれるのも、そこに必ず飯田と浜松の国道工事事務所長さんが来賓として招待されるのも、ちゃんと理由があるのです。
そこに託された両町村の願いはひとつ。綱引き合戦は、国道の早期改良と自動車道の早期実現を願う、国境の人々の祈りの戦さでもあったのでした。
当観光協会HP、2016年3月に投稿された記事を元に作成しています。