戦国時代〜江戸時代初期
遠山氏三代が和田城を治めていた時代、その城下町は現在の和田本町地区の範囲だったと思われます。
城下町は盛平山と遠山川の間に広がり、和田城の外廓の役割を果たしていました。現在に残る尾屋敷、殿町、桜門前、的場といった地名は、当時の名残であると推測されています。
武田信玄も元亀3年(1572)に大軍を率いて和田を通過しました。青崩峠越えに先立って、兵士たちは和田の城下町でつかのまの休息を得、行軍の疲れを癒したのではないでしょうか。
遠山氏は元和4年(1618)に滅び、その30年後に龍淵寺が城址へ移転しました。


和田の町並み
『写真でつづるみなみしなの』より
杣師やヒヨウで賑わった料亭「仙鶴亭」