長野県最南端の秘湯と秘境の里・山と渓谷に囲まれた里山がここにあります−信州遠山郷

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熊伏山登山記

信州百名山、秋葉街道を偲ぶ

熊伏山(1,653m)は南信濃村と天龍村との村界に位置し、 南麓は静岡県との県界をなす長野県最南の独立峰です。 また、信州百名山の一つでもあります。

青崩峠を経て進む

遠山郷 青崩峠の写真 登山道入口

 国道152号を小嵐川に沿って遡る。車で静岡県に行くには左折して兵越線に入るが、そのまま真っ直ぐ南下する。
  やがて広場に出て行き止まりになる。
 国道 152号はここ(長野・静岡県境青崩峠)と上村・大鹿村境の地蔵峠の2カ所で途切れている珍しい国道である。その広場(駐車場)からわずかに戻ったところが登山道の入り口である。
 丸太を斜めに切った「登山口」の標識が立っているので迷うことはない。この道標は平成14年4月14日に遠山山の会が立てたものである。

 登りだして20分余りで青崩峠に着く。静岡県側の山波が目に飛び込んでくる。ここも女工哀史の舞台の一つであった峠である。また、ここは中央構造線の上である。
 静岡県が建てた石の標識は白色の花崗岩と緑色砂岩でできているが、まさに中央構造線の左右の地層を表している。ここで右折して本当の登山道となる。ここまでは秋葉街道の歴とした街道筋を歩いてきたのだ。

熊伏山地図
行 程
和田−(車で30〜40分)→青崩遊歩道入口−(20分)−青崩峠−(40分)
→反射板−(50分)→分岐点−(30分)→熊伏山頂

県境の尾根をゆく

 峠からわずかに登ると急に右側に展望が開ける所がある。ここはまさに青崩れの語源となった崩壊地の上である。遠山谷が一望でき、遠山はV字谷であることを再確認できる。
  しばらくは丸太や偽木で土止めした階段が続くが、やがてそれも終わった先に平らになった開けたところに出る。
  晴れていれば聖岳と兎岳がはっきり見える。しばし休息をとるには絶好の場所である。

 この先は急登が続く。道はよく踏まれており、危険なところにはロープが張ってあり、迷うことはない。しばらくは我慢の登りである。
 青崩峠から休息も入れて1時間半ほどで村界尾根に出る。これまで歩いてきたところは県界尾根で右側が長野県、左は静岡県であった。
  到着したここは南信濃村・天龍村・水窪町の3町村境である。熊伏山山頂へは右に折れる。左へは県界尾根が続き、観音山に至るらしいが、あまり踏まれていないようだ。

遠山郷と南アルプスを望む

熊伏山 山頂にて 情報誌アンバマイカNo.8(平成14年5月)より一部改変

 ここからはほとんど起伏もなく、30分余りで山頂に到着する。
  山頂は平らで明るく開けた気持ちのよい所だ。
  遠山郷が一望できる。眼下に此田、その先に遠山川、和田(とくに夜川瀬)、中橋、和田大橋、遠山中学、さらに中根、下栗。その奥に残雪の聖岳、兎岳、大沢岳などの神々しい峰々。
  南(右側)に池口岳、鶏冠山など南アルプス最南端の峰が続く。頑張って登った甲斐のある風景だ。
  ただし、反対側(平岡方面)は立木が茂り、展望がないのは残念である。平岡ダムを見るにはここからさらに5分ほど行けば望める。

 ここの山頂看板も平成14年4月14日に遠山山の会が建てたものである。因みに書は吉沢芳子、刻は安藤昭夫、細工は小澤欣三・小澤安司の諸氏である。
  担ぎ上げたのは遠山山の会会長・前澤憲道氏、設置は会員8名によるものである。
 平岡への下山路は荒廃しているので、帰路は青崩峠へ戻る。2時間足らずで、登山口に戻れる。

(遠山山の会 A・I)