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遠山郷と赤石銘茶

標高1,000mに育つ赤石銘茶

虫がつかない安全なお茶

赤石銘茶

 お茶の産地といえば、静岡・宇治などがすぐ頭に浮かびますが、長野県でもお茶は作られているのです。
 長野県の南、下伊那郡と呼ばれる地域で作られるお茶はほとんどが、自家消費用なのですが、南信濃、上、天龍村、阿南町、泰阜村では生産量が多く、販売用も作られています。
  下伊那の6つの工場に集まる生葉は年170トンほど。なかでも南信濃は生産量が一番多くなっています。
 南信濃は天竜川とその支流が織り成す深い谷間にあり、その急斜面にお茶畑が点在しています。村史の記述によれば、400年以上も前からこの地に茶があったようです。

*「天正十七年丑極月二十日遠山殿茶三斤」諏訪上者権祝宮文書権祝音物覚書  三斤=1.8kg

 村の茶の生産が具体的になったのは昭和30年代の後半、こんにゃく、養蚕が最盛期を迎えたころ。
  茶の生育に気候風土が合っている、見本とすべき茶の生産地が近くにある、狭い土地からも収益を上げられ、観光においても重要な役割を果たすという点から次代の農作物として茶が選ばれました。
 村の周辺は谷が深く日照時間が短いため昼夜の寒暖の差が大きく病虫害の心配がありません。農薬をできるだけ使わないこの安全性が赤石銘茶の一番の自慢です。

赤石銘茶の特徴

遠山郷 の写真

 味の特徴はまず渋み。山間地の温度差が大きい土地で育つ「山つき」と呼ばれるお茶の特徴です。でもその渋みの中には、この地形ならではの朝夕の朝霧が生み出す甘味がありこれがうまい!
 また、深蒸しが主流の中、赤石銘茶は浅蒸しにこだわります。色が多少出にくいのですが、香りは静岡茶に負けないくらいすばらしいものです。
 自家消費の生産者の中には贈答用に使う人も多く、今では日本各地にこの香りが忘れられない、という赤石銘茶ファンが広がり、全国から注文がくるようになりました。

生産農家の方々・・・

  生産者の高齢化などが問題になっていますが、赤石銘茶は長野県の安全で個性あるお茶として期待が寄せられてもいるので、何とかなくさずに頑張っていこうとしています。
 村人が書いた詩を紹介します。

遠山郷 茶摘みの写真    

 

「百姓冥利」

 

ぬくとい静岡から 信州の寒い村に

「やぶきた」が嫁さ来たときァ そりャどえらい騒ぎョ。

遠くから赤土を運び 苗木の寝床づくりでョ。

みんなベト(泥)だらけになってェ。

農協の衆も、役場の衆も、むらの衆も・・・

土をいじったことのない女子の職員衆もョ。

いま考えてみると おらあ

あの頃の職員衆はよくやったと思うェ。

こんにゃくは病気でバタバタぶっ倒れるし、

人はどんどん減るし、

なんとかせんことにァ 村も百姓も駄目になるゾ、

せっぱつまった気持が、 そうさせたかも知らんがェ。

茶というもんは、植えた年から金になるもんじァない。

それでみんな苦労こいたもんョ。

それでもェ、赤石銘茶が世んなかに出たときァ、

そりゃア嬉しかったもんョ。

おらんとばっかじァない。

まちに出ている衆も喜んでくれただ。

昔からおらんとの村にァ、

土産になるようなもん ろくになかったでョ。

その頃の話だがェ。

ここにいちァ うだつがあがらんで、

まちに出て一旗あげるちゅうて、

村をおん出た徳さが、赤石銘茶をまちでみたちゅうは・・・

「おお、こりァ おれの村のお茶だ。間違いなくおらの山の匂いがする。」

人一倍気の強い徳さだが、

そのときァ ぼろぼろ涙をこぼしたちゅうワ。

おらナ、それ聞いたとき、 百姓ちゅうもんの喜びを 初めて知っただ。

百姓冥利ちゅうもんをヨ。

         (出典:下平正春氏「祭り笛流れる谷」より)

 

赤石銘茶のテーマソング

 赤石銘茶のテーマソングがあります。
 この歌は「山のかおり」といいます。昭和46年に下平正春さんが作詞をしてレコード化されました。大阪万博の時にテーマソングの公募があり、努力賞を受賞したそうです。

山のかおり

       下平正春作詞・藤森章作曲

くにの母からおくられた

包みひらけばほのかに匂う

みなみしなの茶のかおり

遠いふるさと茶の香り

口にふくめばなつかしい

山の香りが心にしみて

遠いふるさと

遠いふるさと思い出す

はなればなれに暮らしても

母のなさけが心に通う

みなみしなの茶のかおり

遠いふるさと茶の香り